包茎手術活用術と生活の知恵
日野原や大井の世代の医師によって、医学部学生に旧来の医療観の是正を行なってほしいというのが、同氏(患者)の側からの願いとなる。
大井は先の富の末尾でもつとも重要なことを結語風に述べている。
「『自分の死』を選ぶためには、患者は発言し、医師はこれを聴かねばならない。
そしてそのような意思疎通を可能ならしめる場を創る事は倫埋学、医学、法律、心理その他多くの分野の人々の協力と努力がなければならない。
日本にもその日的を一別も早く達成しなければならない状況がある」。
尊厳死や安楽死の論争が一気に国民的規模で広がるのは無埋であろうが、「死」を個人がどのように選択すべきか、それがどういうシステムの中で保証されうるか、それが大胆に率直に、そして具体的に論じられる必要があるだろう。
日本にはまだそのような活動をめざす組織や団体はできていない。
厚生省は、日本医師会の見解が公式に明らかになったのを受けて、平成五年以後に尊厳死をどのように考えるかの研究を始め、その方向を検討していくという。
そこでどういう研究内容が発表されるかが、さしあたり尊厳死論争を深化させていくきっかけになると思う。
これまでの医療のあり方を問い直すという医師たちの動き、あるいは社会にむけての発言は医療内部の幾つかの暖味な部分を告発するという意味あいが強かった。
確かに日本の医師は、大学医学部、医局、あるいは学会などのヒエラルヒーが確立していて、なかなか自らの考えをあらわすことはできない時代がつづいた。
そのために性急に〝告発〟という側に立つ医師も少なくなかった。
医療の疲弊状態は、既存の勢力、既存の発想や原理に問題があるという姿勢での批判である。
だが現在は、この姿勢からは何も生まれないことが明らかになっている。
政治的、社会的告発だけでは問題が解決しない状況にあるからである。
医学・医療に関わる課題は、文明史、倫理、哲学を含んだ人類の歴史にふれる側面をもっている。
日野原垂明、大井玄らによって代表されている医師自身からの問いかけは、その重さと深刻さを示している。
医師が真剣に現在の医療現場に立ち会っていればいるほど、その重さと深刻さに何らかの回答をださなければならないと考えざるをえないのであろう。
医療の「質」を問う時代に進んでいるのである。
つまりこれまでの生存そのものを満たす医療は、その知識と技術の進歩によってある程度まで可能になった。
すでに記したように、一九七〇年代には死に直結した呼吸不全の患者は人工呼吸器の開発によって、延命が可能になった。
あるいは、口から栄養を摂取しなければ、生命を維持することができなかった患者にも、今では「中心静脈栄養法」などで栄養補給が可能になった。
医療の質を求めるのは、一九七〇年前後にアメリカから始まった。
この時期、アメリカではベトナム反戦や公民権運動、反公害運動、消曹者運動などが起こった。
これらの運動の底辺にあるのは、人権に対する急速な目覚めであり、旧来の人権思想の問いかけであった。
医師たちはそこで得た人権思想を日本にもちこんでいる。
先に紹介した大井玄は、その著作からみてもっともその影響を受けている。
表だって社会的発言はしないにしても、現在の円本の医療を支えている中堅から管理職の医師にそのような影響を受けた者が多い。
日本の大学医学部には、今やどの大学にも倫理委員会ができていて、医療と社会、医療と生命の関係をバランスよく保つために、新規の研究や治療には暴走を止めるための歯止めをするようになった。
この倫理委員会が日本で最初に結成されたのは徳島大学医学部であるが、その音頭をとったのは、麻酔学教授の斎藤隆雄である。
斎藤も一九七〇年代初めにアメリカ(サンフランシスコメディカルセンタ⊥に留学していた。
そのとき、倫理委員会の仕組みを見て、それを日本にもちこんだのである。
アメリカの人権運動はむろん医療の中にももちこまれた。
それが医療の質を求めるという運動だったが、具体的には、医師が患者に対して何の説明もしないで医師だけの判断によって医療を進めるという、いわば医師主導の医療に対する批判という意味合いをもった。
「ヒポクラテスの誓い」でいう医師の態度も独善的であるとして見直しが始まったのである。
京大名誉教授のM・Kの指摘によれば、「独善的な医師に一段高いところから管理され服従させられている弱者である」という認識を土台にした医療の独善性を排する動きとして始まったという。
アメリカでは、このような運動を「バイオエシックス運動(生命倫理運動)」と称した。
この運動は二つの面を突出させた。
患者の側からは、自分の死の迎え方は自分で決めよう、それは医師に指図されることではないとの強い要求だ。
もうひとつは、医師の側が医学を科学技術の中の一ジャンルに限定するのでなく、生命倫理という大きな枠の中で学際的な研究が始めたことだ。
一九七一年(昭和四十六年)にジョージタウン大学に設けられたケネディ倫理研究所はその分野の先端的な研究部門で、ここでは「バイオエシックス百科事典」を編んでいるという。
バイオエシックスでは、医療内容について、医療システムのほかに牛死をめぐる倫理、法律の見直し、健康に関わる環境汚染、医療費の研究をつづける医療経済という分野まで含んでいる。
アメリカでは、この時代に到達した医療技術を通じて改めて文明観の洗い直しが始まったといえる。
この点では、アメリカという国の歴史観を問い直すという姿勢は他国とは比べものにならないほどの意義をもっている。
インフォームド・コンセントや「死の決定権」、それに尊厳死や安楽死はこういう土壌の中で主張され、実践されている。
岩盤は深いのである。
アメリカのこうした歴史的試みは、他国に先がけてさらに発展をつづけている。
ときに極端に走るケースもあり、それをまた徹底して論じて社会的コンセンサスの枠内に戻すという試みも行なわれる。
前述したミシガン州の医師のように、自殺装置をつくって、それを安楽死希望者に利用させるというのは自殺討助ではないかと思われるが(実際にアメリカ回内でも嘱託殺人と糾弾する声も多い)、このような首をかしげるケースもでてくる。
だがそれを一定の枠内に戻そうと、この医師と論争を試みる医師も多いのだ。
ホスピスが日本で急にもてはやされたのは、昭和五十年以後のことだ。
欧米ではこの末期ケアは、中世からの伝統に根づいていて、バィオエシックスのもとで患者がより安寧の心境で、その人格が死の瞬間まで尊重されるシステムとして機能している。
だが日本はまだ試行錯誤の中にある。
厚生省も医療機関がホスピス病棟をもつのを認めるなど、ハード面は整備されたが、ソフト面はそれについていけない。
一般の医師や看護婦は、死が近い患者を看取ることに関心を示さない。
緊張が要求されるし、治療にも神経を使う。
そのために神経科医、宗教的使命感をもつ医師に依存することになる。
欧米では、患者の家族やボランティアがホスピスケアを手伝っている。
ところが日本では、完全看護の名のもとに患者の家族を病院からしめだす傾向があるというし、欧米では慈善団体の寄附によって運営が行なわれているが、日本はホスピス病棟も独自に運営資金を捻出しなければならない。
ホスピス病棟では、延命のための積極的な治療は本来行なわない。
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